2007年のひとりごと

『ローマ人の物語』への興味、褪せる(1.27)

大著『ローマ人の物語』を完結された作者・塩野七生さん。

産経新聞の「話の肖像画」というインタビュー形式のコラムで5回に渡って持論を展開されていましたが、「『人間は、宗教によってさえ変えようがないほど《悪》に対する抵抗力がない存在』というマキャベリの認識に共感する」(21日付記事)という塩野さんの人間観にはワタシも大きく同意します。

しかしなぜか、連載を読み進めるうちに『ローマ人の物語』へのワタシの興味は褪せてしまったのです・・・。

 

塩野さんはおっしゃいます。

 

「ローマ人は、宗教や哲学によって人間性が向上するとは考えていませんでした。だから、人間の善を生かし悪を封じるために現実的な工夫を重ねていった。」

「ルターの時代から500年がたちましたが、果たして人間性は向上したでしょうか。」

「人間の行動原理の正し手をユダヤ人は宗教、ギリシャ人は哲学、ローマ人は法律に求めました。パクス・ロマーナ(ローマの平和)が実現したのは、法律を善悪の判断基準としたからです。民族、宗教、知的レベルが違っても、法という共通ルールを守れば共生できるのです。」

 

(以上22日付記事)

 

う~ん・・・。

ローマ人は「人間性は向上しない」と考えていた、塩野さんはそう考えておいでのようです。

ワタシは、その見解が正しいか否かをここで論じるつもりはありません。

引っかかるのは「人間性は向上しない」と考えているとしたローマ人について、「人間の行動原理の正し手をローマ人は法律に求めた」とも述べておられること。

人間性の向上とは、行動原理がより良いものへと変化する、つまりは行動原理が正されるということです。ここに大きな矛盾があります。

もしかすると、正確に表現するならローマ人については「人間の行動の正し手を法律に求めた」となるべきことは分かっているが、ユダヤ人、ギリシャ人と続く一連の文の流れを尊重したまでだ、とおっしゃられるかもしれません。

もしそうであれば、ローマ人と対比させているユダヤ人やギリシャ人の「行動の正し手」について述べていないことが問題となります。

人間性は向上しないとするローマ人が人間の行動原理の正し手を何にも求めず、行動の正し手のみを求めたということはあり得るでしょう。

しかし、人間の行動原理の正し手を求めたユダヤ人やギリシャ人が行動の正し手は求めなかった、ということはあり得るでしょうか。

つまり、未来へと連なる悠久の時間の中での人間性の向上を求める人々も、その一方では未だ向上し得ない人間の日常の平和の拠り所を法律に求める、そう考える方が自然だと思うのです。

 

法はどの社会にも存在するもの。

ユダヤの民にはユダヤの民の、ギリシャ各都市の市民にはギリシャ市民の法があったはずです。

しかし、異なる社会の法はやはり異なるものです。それは法の内容が、それぞれの社会が背負う歴史を通じて培われた人間観や世界観と切り離されて定められることはないからです。塩野さんは、「民族、宗教、知的レベルが違っても、法という共通ルールを守れば共生できる」と力説されていますが、共通のルールとして互いに承認できる内容は、民族、宗教、知的レベルの相違の制約を免れないはずです。

例えば、長さを測る単位を国際的に統一しようという取り決めは商取引の際の正確性と利便性を増すものですから、盗みを働いた際の量刑の統一に比べれば比較的容易に合意されるでしょう。しかしそれでも、生活感覚に馴染んだ今までの測量単位を捨てて新たな共通ルールを受け入れることへの抵抗感は示されて当然であり、実際に尺貫法からメートル法への移行の際にはに様々な困惑が広がりました。

全く異なる神、全く異なる世界観の民を次々と征服していったローマ帝国が広大な領域を統治できたのは、法という共通ルールが民族、宗教、知的レベルの相違を克服したのではなく、民族、宗教、知的レベルの相違にあまり触れない範囲での法が用いられたからであり、そのことを指して「寛容」と評されるのではないでしょうか。

それはつまり、ユダヤの民やギリシャの市民、ケルトやゲルマンの諸部族がそれぞれの人間観や世界観の中で暮らすことを保証するという意味での「寛容」さです。

 

その「寛容」さがローマから失われていく理由を、塩野さんはキリスト教に求めておいでのようです。

塩野さんは、「カトリックの国では、アウシュビッツのようなことは起こりにくいのではないでしょうか。」(21日付記事)と述べる一方で、カトリックであるスペインの歴史について「スペインの異端審問を見ると、人間は自分こそ正義であると信じれば、それ以外の人間に対してかくも残酷になれるということの見本を示しています。」(23日付記事)とも述べています。

アウシュビッツの件(くだり)は、「神と人間が直接つながると、人間は自分が神から聞きたいと思っていることを神が言ったように思い込むようになる」(21日付記事)のであり、ホロコーストはカトリックのように「神と人間の間に聖職者が存在」しないプロテスタントならではの現象との解釈を表現されています。

つまり、プロテスタントはカトリックより危険だ、ということでしょう。

しかしカトリックについてもスペインの異端審問に言及することで、その危険性を指摘することを忘れていません。

キリスト教そのものが、「人間は平等であるとイエスは説きますが、それは信じる神を同じくする人間の平等であって、信じる神が異なる人間は平等ではない」(23日付記事)から好ましくない、と述べています。

本当にイエスはそのように説いたのでしょうか。ワタシはキリスト者ではないので「それは違う」と断言することはできませんが、聖書を読んでも塩野さんのような受け取り方はできません。

「信じる神を同じくする人間の平等であって、信じる神が異なる人間は平等ではない」という考え方がキリスト教の中にあるとしたら、それはイエスの教えというよりイエスの教えを受け止めた者から出てきたものではないでしょうか。

塩野さんとは逆に、イエスの教えを広めるキリスト教(カトリック)が「自ら神を求める」という本来の教えから「神の代弁者である教会の権威」へと変容していったのも、ローマ自身が征服者としての人間観や世界観を形式化させた結果なのではないか、ワタシにはそう思えるのです。

 

ほどなく東西に分裂し、帝都ローマを含む西ローマが民族ごとの国に分かれたローマ帝国。

しかしその後も、「ローマへの道」を往来する人々の営みが続きます。

それは、明るく穏やかな地中海地方への憧憬と経済的富への欲求だけではなく、その地域に発祥するギリシャ哲学やイエスの教えに心の拠り所や人間性の向上の指針を求める無意識の営みでもあったのではないでしょうか。

そんな中から生じたものがルネッサンスであり、プロテスタントだと思うワタシです。


機械とか、装置とか。(2.1)

「15から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」という発言で火だるま状態の 柳沢伯夫厚生労働大臣 。

「私は、産ませる機械、装置としての使命を終えました」くらいのことを言っとけば、もう少し早く事態は収集したかも。女性も男性もなく、人間を機械に例える感性のお方に厚生労働行政をお任せ出来ない、って。(笑)

でも、人間を「機械、装置」と見ている方って永田町には結構いそうですね。例えば、「税金を産み出す装置」とか。

 

さて、昨日(1月31日)の産経新聞のコラム「正論」で京大経済研究所所長の西村さんが展開されていた、「絶対評価の弊害」。

 

「この絶対評価とは、テストで測れる到達度(『知識・理論』)のみではなく、観点別に生徒の『関心・意欲・態度』『思考・判断』『技能・表現』にも成績をつけ、その合計を教科の点とする方式である。客観的に測定不可能なものに、教師が主観で点数をつけ、進学の合否に使うのである。」

 

確か、絶対評価になる以前は、相対評価と呼ばれるものだったはずです。

相対評価は、対象となる児童・生徒が学級や学年の集団の中でどの位置にいるか、という視点で評価をするものです。

成績の分布は正規分布になるという前提に立ち、児童・生徒を成績順に並べ、5と1それぞれ全体の7%、4と2はそれぞれ24%、3は全体の38%となるように評価するため、 必ず5となる子供もいれば1となる子供もでるわけです。

この方法だと、同じ試験で70点をとったAさんとBさんを比べた時、平均点の高い学校に通うAさんは3と評価されるのに対して、平均点の低い学校に通うBさんは5という評価になる、という現象が起きてきます。

このようなことをなくすためにとられた評価方法が、全国的に標準的な評価基準を設け、それに従って個々の児童・生徒の成績をつける絶対評価です。この方式であれば、ある学級では一人も1の子供がいなかったり、3の子供ばかりとなるということもあり得るわけです。

つまり、西村さんの「絶対評価とは・・・中略・・・客観的に測定不可能なものに、教師が主観で点数をつけ、進学の合否に使う」という説明は誤り、ということが言えます。

 

もし、「この論の趣旨は、絶対評価云々というよりも、『客観的に測定不可能なものに、教師が主観で点数をつけ、進学の合否に使う』ことの問題点を指摘することにある」というのであれば、その考えにはなおさら同意できません。

指摘されている『客観的に測定不可能なものに、教師が主観で点数』をつけるということは以前から行われていることであって、今に始まったことではないはずです。先ほど述べた通り、相対評価方式では試験での点数が拮抗している場合、各評価点の人数枠に制約があるために教師の主観に左右されてしまう、という弊害が大きかったと記憶しています。

では、『客観的に測定不可能なものに、教師が主観で点数』をつけることをなくした上で絶対評価とすれば良いのでしょうか。

西村さんがおっしゃる「授業態度や、手を挙げる回数、提出物などあらゆることが評価の対象になる」総合的評価は「ばかげた評価方法」なのでしょうか。

ワタシはそうは思いません。

 

授業への参加意欲の低い子供でも、授業中の場を乱す態度の子供でもテストの点数だけで5をもらえるのであれば、集合教育の意義という根本が問われることになります。

学校教育の場にあって、評価され指導されるものは学力のみではありません。生活態度や社会性など、客観的に測定不可能なものも多くを占めています。

素行が乱れはじめているとか、誰かをいじめている気配があるということを教師が直観したとしても、客観的な証拠を揃えられないならそのような評価は行うべきではないのでしょうか。いかなる指導も行ってはいけないのでしょうか。

逆に、これらの面について教師の主観的評価が認められるのであれば、「授業態度や、手を挙げる回数、提出物などあらゆることが評価の対象になる」のは当然のことといえるでしょう。

確かに主観には個々人の偏りがありますが、それは客観的な評価態度を養った何人かの教師による複眼的評価を行うことで補正することができます。

そのような努力もなしに、主観を評価に用いることは不公平であり用いるべきではないという考えは、あらかじめ設計された客観的評価指標から漏れてしまっている様々な側面を価値なきものとする、人間という存在を矮小化する考え方にほかなりません。

 

経済学者の西村さんも、人間を「知識を貯め込む機械、装置」と捉える類の方なのかもしれませんネ。


平成19年節分会@成田山新勝寺(2.3)

大河ドラマの出演者目当てに今年も行ってきました、成田山の節分会。


百数十人の警察官の方たちによる厳重な警備と、


大勢の報道陣。その訳は・・・


八百長疑惑の渦中にある横綱・朝青龍関がやって来るから・・・という訳ではありません。

 

毎年こんな感じです。ただ、今年は土曜日だったので去年やおととしよりも人が出ていたような気もします。


関取衆や大河ドラマの出演者を含む、特別年男の皆さんが大本堂前に並んで記念撮影。

 

この後、大本堂の中での御祈祷を済ませてから、一般客に向かっての豆撒きが行なわれます。

 

さて、勘助はどこにいるでしょう?


御祈祷を終えて出てきた横綱と山本勘助こと内野聖陽さん。


豆を・・・いえ、山本勘助の登場を待ちわびていた群集を前に、気合い入ってます。


「うわぁ、池の鯉状態だな、こりゃ。」


「よおし、撒くぞぉ!」


「鬼はぁ~」


「そとっ!」


「内野さん、成田山では『福はうち』としか言わない、ってさっきお坊さんから言われたばかりですよ。」

 

「すみません、ついウッカリ・・・。」


「柴本さん、チェック厳しいわね。」


「私は間違えないように・・・福はぁうちっ!」


「いゃあ、ホントすごかったですねぇ、豆に向かうみんなの執念。」

 

「あまりのすごさに隣に君がいることすっかり忘れてたよ、松井クン。」


「オレも撒いてたんだけど、忘れてない?」


以上の台詞は全てフィクションです。(←あたりまえ)

 

今日の豆撒きに来られた大河ドラマの出演者は、内野さんのほか柴本幸(由布姫)さん、清水美砂(忍芽)さん、松井誠(北条氏康)さん、そして武田信玄役の市川亀治郎さんの五人だったのですが、残念ながら亀治郎さんを撮ること能わず・・・。(泣)


ルクスンと氏康(2.20)

『風林火山』第7回「晴信、初陣」。

「儂(わし)は臆病者なのだ。」と山本勘助に語り始めた北条氏康。

 

「その儂に父上はひとつの命を預る者、常に用心深くあることは肝要なりと励ましてくれた良き父上じゃ。」

「我が祖父、我が父は偉大すぎての。儂は未だ己を信用できぬところがある。人を信用できぬそなたとは逆じゃの。己を信用できぬ者は、人の情けにしがみつく。人を信用できぬ者は、己の欲にしがみつくものじゃ。」

「武田の姿が存分に見えたとき、また儂の前に現れよ。」

 

仕官かなわずあちこちを転々とせざるをえない勘助に、そこまで丁寧に話してくれる小田原の御曹子。

いい人だ~♪

 

っていうかこのシーンを観て、ますますこの人ルクスンだ~♪と嬉しくなってしまいました。

アニメ『無限のリヴァイアス』に、ルクスン北条という脇役キャラがいたのですが、北条っていういかにもな(?)苗字は、鎌倉幕府の執権・北条氏のこと?と思った歴史音痴なワタシ。

きっとこの北条氏康(こっちの北条は後北条っていうんですね)がルクスンのモデルだったんだ、と今週やっと腑に落ちました♪

 

「わ~、助けてくれ~!」

 

と叫びながら、幼いパットを懸命に守ろうとしたルクスン。

立派な家柄の生まれながら、自分に力がないゆえに人の情けにしがみつく無様な男、という風に作り手の方たちは描いていましたっけ。

でもそんな「人の情けにしがみついて」まで誰かを助けようとする真っ直ぐな姿勢が、ワタシは好きだったな~♪

自分に力がないからって助けることを諦めちゃってる「賢い」人たちより、数段上だと今でも思っています。

 

それにしても、氏康@風林火山を見てルクスン思い出すのはワタシくらいなんだろうなぁ・・・。(笑)


『赤毛のアン』とアン・シリーズ(2.23)

「彼女が彼の頭に石板をたたきつけた瞬間、彼女の将来が決定づけられた。 その将来とは、彼と結ばれ、教師になること。」

(以上、白倉Pさんブログ『A Study around Super Heroes』2006年6月19日付けからの一部要約)

 

フ~ン♪ 

白倉Pさん、『赤毛のアン』がお好きだったんですね。 

アギトの「良い汗かき男(おとこ)」さんと同じだ。(笑) 

 

ワタシが小学校高学年の時、読書好きの親友に勧められて読み出した『赤毛のアン』とそのシリーズ。 

当時は、パディントンシリーズや『やかまし村』(by リンドグレーン)などの軽め(?)のもの、椋鳩十やシートンの動物記ものを好んで読んでいたワタシにとって、村岡花子さんという訳者さんが手掛けられたアン・シリーズの、白と紫の妙に大人っぽい装丁と字が小さいのに分厚い本の印象に、かなり気がひけたのを憶えています。

読み始めたあとも、ハッキリ言っておしゃべりで勝ち気な主人公のちょっと思い込みワールド全開(?)な内容には、一巻目で挫折しそうになりました。 (笑)

だって、屋根の棟から落ちちゃうワ、でも足を挫いたくらいで助かるワ、急病の子の命を助けて都合良く失敗を許してもらえるワ、詩の独唱も大成功しちゃうワ、内気なマシューおじさんが買ってきたドレスがなんだかとっても素敵だワー・・・なんてエピソードの数々は、いかにもサクセスストーリー満載してますって感じなんですもん。(笑) 

石盤を頭に叩き付けたページなんて、読んだ時ウワッ★って退(ひ)いちゃいましたよ。 

それって確か、ローラやメアリー(注:TVドラマ『大草原の小さな家』)が使ってるヤツと同じでしょう!? 

打ち所悪ければ死んでたと思う、ギルバート★(笑) 

 

そんなアンの短気さや高慢さ(←ワタシにはそう見えた)が、利発であることの裏返しということは追々分かってはきたものの、ただそれだけの女の子だったら、ワタシはあのお話世界に夢中になることはなかったろうと思います。 

ワタシに『アンの青春』以降のアン・シリーズを手に取らせたのは、彼女の気性や能力への興味や共感ではなく、周りの世界を切り取る感性への憧れでした。 

 

緑の切り妻屋根の家。

その二階の窓から見える桜の木と果樹園。 

そしてその先に広がる誰もいない森と、その向こうにある親友の家の窓の灯。 

 

ウ~ン♪どんなだろう~と、自分の周りの小さな世界しか知らない(と思っていた)当時のワタシは、妙にワクワクしたのでした。 

なにかにつけ怒っている(?)マリラおばさんとそれを取りなすマシューおじさんの兄妹にも、どこか惹かれる懐かしさがありました。 

ラストちかくで、銀行の倒産の報にマシューが心臓発作を起こして死んでしまうあっけなさは、銀行にお金を貯めていたんだという驚きとあいまって、そのリアルさに感服でした。 

 

いつの間にかモンゴメリーのお話世界に引き込まれていたワタシは、3冊めの『アンの愛情』に出てくるおちゃめなお嬢さん・フィリパと、下宿先のネコちゃんたちの面白くて可愛い描写に、ノックアウトされてしまいました。

続く『アンの夢の家』では、海辺や灯台の情景描写に作者モンゴメリの新たな魅力(それが後々ブリテン・ケルト文化であることを知るのですが)を発見し、『アンの愛の家庭』と『虹の谷のアン』では、アンの子供たち・・・特に次男坊のウォルターに夢中でした。

もちろん当時のワタシは、母親としてのアンには感情移入してはいなかったはず。

それが今では、モンゴメリが『アンの娘リラ』に至る一連のシリーズで描いてみせた家族の物語に深く共感する、母親になったワタシがいるのですから、読書って不思議ですよね。(笑)

 

ところで『赤毛のアン』はとても面白いのに、それ以降のシリーズはだんだんアンがアンらしさを失って普通のお母さんになってしまうから好きじゃない、だから『赤毛のアン』しか読まないよ、っていうモンゴメリー・ファンの意見を耳にしたことはありませんか?

なるほど、石盤をハンサムな男の子の頭に打ち付けちゃうほど勝ち気で、地域で一番の学校を成績優秀で卒業しちゃうほど才気あふれる女の子が、当時最先端だったであろう教師(後には校長も勤めた)の職をあっさり捨てて、6人の育児に追われる平凡なお母さんになるなんて、いつのまにか女性蔑視になっちゃってるし、ってことでしょうか。

 

数年前にアンの本を訳し直されていた松本侑子さんという作家さんも、同じようなことをおっしゃってるんですよね。

確か「モンゴメリの生涯とアン・シリーズで描かれた世界には大きな乖離があり、モンゴメリが友人との間で交わした書簡の内容には『アン・シリーズにはうんざりする、もうたくさんだ』という記述が見つかったことから、『赤毛のアン』以降のアン・シリーズはモンゴメリが書きたくて書いたものではなく、当時の世相がモンゴメリの本当に書きたかった女の真実を書かせなかったのだ」というような推論を、1993年に発行された新訳『赤毛のアン』の訳者あとがきで書かれていましたっけ。

 

でも、それってなんか違うんじゃないかなぁと、アン・シリーズファンのワタシは感じるんです。

 

例えばあの石盤事件。

アンは、事件があったから教師になったのではなく、事件があったから教師を辞めたのではないのかなぁ。 

孤児院で育ったアンは、ヴァーチャル(空想)世界に生きる女の子でした。 

レドモンドの女子大生になっても、生涯結婚せず教師としての気高い一生を全うする「職業婦人」の自分とか、お金持ちで美しい王子様と結婚する「セレブ」な自分とか、そんな女の子ヴァージョンの英雄物語に埋没しそうになっちゃう、賢いけどまだまだ夢見がちな乙女だったアン。 

そんな彼女を現実世界にしっかりと引き戻したものこそ、あの時彼女が石盤を打ち付けた瞬間にギルバートの心に芽生えた何かだったって、モンゴメリはどこか意図してあの石盤のシーンを描いたのではなかったか、って思うワタシ。

 

アン・シリーズの中盤にこんなエピソードがあるんです。

ギルバートの大学友達だった女性・クリスチンが社交界デビューして、家庭を営むアンの前に再び現れた時、

 

「もっと幅の広い生活をしたいと思うことが、ほんとうにない?」

 

と田舎暮しのアンに挑んできます。

 

「わたしの記憶にまちがいなければ、あなたはもと、そりゃあ野心家だったじゃないの。レドモンドにいたとき、ちょっと気のきいた小品をいくつか書いたんじゃなかった?すこし幻想的できまぐれじゃあったけどね、もちろん。でも・・・。」

 

そんなことを言ってのけちゃう社交界夫人に対して、

 

「あれは、いまでもまだおとぎの国を信じている人たちのために書いたのよ。そういう人たちは、びっくりするほどおおぜいおりますからね。」

 

と答えるアン。

 

「それをすっかりやめてしまいなすったの?」

 

「すっかりやめたわけではないのよ・・・でも、いまでは、生きている使徒伝(しとでん)を書いていますの。」

 

(『アンの愛の家庭~Anne of Ingleside』 p.262より)

 

子供たちがそれぞれの個性を存分に発揮していく平凡な日常の繰り返しの中に、心からの喜びを確認する母親・アンの姿がそこには鮮やかに描き出されています。

やがて第一次世界大戦という災厄が日常の平安を乱した時も、自らの意志で立ち向かおうとする子供たちそれぞれの成長した後ろ姿を、寂しげに、でもしっかりと見つめるアン。

 

松本さんによれば、「私は夢のある作品を書きたい」と語っていたというモンゴメリ。

 

そんなモンゴメリが書簡に吐露していたという彼女の「憂鬱」は、不幸な実生活ゆえなのか、沸いて止まない己の創作意欲がもたらす果てしない葛藤の苦しさと、その結晶であるアン・シリーズが、流行(はやり)を追う世間一般の女性たちからは単なる少女向けの夢物語としてしか(当時すでに)評されなかったことへの絶望から生じた心の病だったのではないか・・・。

アン・シリーズに描き出されるすべての「アン」が、マリラやマシューの愛を一身に受けた感受性豊かな少女の面影と一つもブレることなく重なって見えるワタシには、そう思われるのです。

 

モンゴメリは、件(くだん)の社交界夫人にこんな台詞を言わせています。

 

「わたしはもとから、子どもはすきではないじゃないの。」クリスチンは、めずらしく美しい肩をすくめたが、しかし、その声はいかつかった。

「わたしは母性的なタイプではないらしいのよ。ただでさえ人の多すぎるこの世に、子どもを生むことだけが、ただ一つの使命だと考えたことはありませんの。」

 

最先端を気取る女性って、今でもこういうこと言ってますよネ。

モンゴメリの社会を切り取る感性は、アン・シリーズでも健在です。

だから時代を越えて少女たちのこころに響くのではないでしょうか。

ワタシにイメージとは何かを教えてくれたアン・シリーズ。

単なる女の子向けのおとぎ話なんかじゃあない、真実の物語だと思います。


力とエゴ(2.24)

ルクスンは、「圧倒的な力」は持たないけれど「周囲を顧みないような強烈なエゴ」の持ち主だったように思います。自分にとっての正義は周囲にとっても正義である。正義は普遍的であり、「正義である」ただそれだけの理由で世の中に受け入れられるという感覚が、彼を周囲から滑稽に浮き上がらせる。

ワタシにはそんなキャラクターと映っていました。

 

彼の「正義」を認められないものからすれば、やはり彼はエゴの固まりでした。

もし、彼の「正義」が世の中の多くから支持されるものだとしても、それを「圧倒的な力」で周囲に無理強いするのであれば、彼は他者を統制したがる独善家だったでしょう。でも、彼にはその力が無いだけでなくその気もなかったのです。

 

リヴァイアスの物語の中でも、それを観ていた人たちの多くの日常の中でも、ルクスンの「正義」は正義ではなかったようです。

公式掲示板でのやり取りを通して感じたのは、多くの人たちにとって客観的な評価を得られる結果を伴わないものは正義でなく、見栄えの悪いものも正義ではない。つまり正義とは、周囲の目を前提として初めて語られるものとなっている、ということでした。

・・・でも、そんな風に思っている人たちも実は、周囲の目を気にせず、結果に臆病にならずに自分のエゴ、自分の是とするところを素直に表現したい、そう思っているということも伝わってきました。

この辺のところが、特にイマドキの物語で主題となりやすいところなんだと思いますが、「じゃあどうすればいいの?」っていうところを、キッチリ描き切ってくれた作品にはまだお目にかかれてないですね。

「野ブタ。」が限りなくそれに近かったように思いますし、今は「風林火山」に期待してるところです。

 

周囲を「圧倒する力」ではなく周囲と「共感・共鳴する力」と、周囲の目に囚われない「強烈なエゴ」。

この一見矛盾するような二つの力が一人の人物の中に統合されていく、そんな物語をどなたか描いてくれないかなぁ。


泥の中から生まれる木(4.13)

5年ほど前、長男に「泥って英語で何て言うの?」と聞かれ辞書をめくっているうちに、いつものように深みにはまり、ふと気が付くと「druid(ドルイド)」という文字が目に入りました。

 

ドルイドとは、古代ゲール(現フランス)や古代ブリタニア(現イギリス)に居たケルト人の祭司のことですが、その語源をたどると「dru-」(意味:tree) と「wid-」(意味:knower)を合成した言葉なので、意味は「knower of trees (= 樹を知る者)」となると書いてあったのです。

日本語の泥(doro)と木の意味を持つ「dru」。

離れているようで、なんか近いような・・・。

 

そして先日の新聞に乗っていた評論記事に、

 

>松本健一氏の『砂の文明・石の文明・泥の文明』によれば、日本は泥の文明圏に属している。泥土の中から生まれる木などを使って建物や橋を造る。その生命力への畏(おそ)れの念から、西欧などの石の文明、砂漠地帯の砂の文明とは違う思考を育ててきたという。

 

と書いてあるのが興味を引きました。

確かにちょっと見渡したところでは、世界は砂か石か泥か、3つの文明圏のいずれかに属するといえるのかもしれません。

泥土の中から生まれる木などを使って建物や橋を造る日本が「泥の文明圏」であるのなら、木への信仰を司るドルイドという階層をもつケルトの民も、いわゆる「泥の文明」に属していると言えないでしょうか。

 

そして、ここ2か月の間モンゴメリを調べていたワタシの前に、ひょっこり出てきたのが「doric(ドーリック)」という言葉。

「ドーリック」というスコットランドの方言が大のお気に入りだと、モンゴメリがウィーバーに宛てて書いた手紙が "AFTER GREEN GABLES "(『ウィーバー宛書簡』)に載っていたのです。

さらに「doric」の箇所についていた注釈には

 

「ドーリックとは、本来ギリシャに1100B.C.頃移住してきた『dorian(ドーリア人)』という民の話す言葉を指すが、転じて『いなかの』という意味になり、英語では特にスコットランド地方の方言のことを指す」

(『ウィーバー宛書簡』p.205)

 

という趣旨のことが書いてあったのです。

 

スコットランドといえば、やっぱりケルト。(笑)

もしかしてもしかすると、ドーリア人とブリテン・ケルト人は、なにか関係があるのかも!?

と気になったワタシは、ウィキペディアで「dorian(ドーリア人)」を検索。

すると、次のように書かれてありました。

 

'Dorian from Doris, "woodland" (which can also mean upland).[2] 

The Dori- segment would be from the o-grade of Indo-European *deru-, "tree". 

The original forest must have comprised a much larger area than just Doris. 

Dorian might be translated as "the country people", "the mountain people", 

the uplanders", "the people of the woods" or some such appelation, which is 

eminently suitable to their reputed origin.'

 

ドーリアという名は、「Dori-」という部分がインドヨーロッパ語属の「deru-」にあたり、意味はtree(木)と書かれてあるではあ~りませんか!

このドーリア人は、ギリシャのペロポネソス半島に定住したそうで、代表的な都市国家はスパルタとのこと。

徐々にクレタ島や小アジア、果ては現イタリアのシチリア島まで勢力を拡大していったそうです。

というわけで、やっぱりつながったクレタ島の「crete」とケルトの「celt」。(笑)(こちらを参照☆)

 

古代ギリシャの神殿建築の柱にはドーリア式、イオニア式、コリント式の三つの様式があることが知られていますが、かの有名なパルテノン神殿のものは三つの様式の中で最も古いドーリア式円柱。優雅なイオニア式、華麗で技巧的なコリント式に比べて太くて素朴なデザインのドーリア式の柱は、ワタシには大木をモチーフにしているようにもみえます。

 

いずれにせよ「泥や木の文明」という共通項で、日本とケルトとギリシャのドーリア人を括れるとしたら、なんだか面白いではありませんか♪

そういえば確か、感性の違いとDNA分析を比較考証して、日本人の一部がイギリス人やスカンジナビアの人たちの一部と重なったという、興味深い本(『三重構造の日本人』望月清文著  NHK出版 p.194, 198)もありましたっけ・・・。

 

ワタシ的には、英語圏以外でなぜ日本にモンゴメリファンが多いのかということも、こう考えるとまんざら不思議ではないかもしれない、ってところが面白いのです。

ワタシたちは、doricを好んだモンゴメリの同類(kindred)なのかも、って思うとなんだかゾクゾクしてきませんか♪(笑)


熊とファンタジー(4.28)

花粉症の心配もなくなってきたので、昨日は久しぶりに歩いて買い物に行ってきました。

田んぼの脇に立てられた看板をふと見ると、

 

「残したい水土里(みどり)」

 

うまいっ!

「みどり」という言葉にも入ってるんですよね、「泥」のドロとかドリとかが♪

「ど」に「土」をあててるところがなんとも憎い。(笑)

 

という感じで相変わらずドロづいてるワタシですが(笑)、子供たちの誕生日に買ったプレイステーションのおかげで、頂き物のデンドロン・・・じゃなくて、電童のDVDがTV画面で観られるようになりました。(笑)

 

かつて電童の公式掲示板で、アルクトスはギリシャ語で「arktos」=熊の意味で、その語源をたどるとケルト語の「arto-(これも熊の意)」と繋がっていて、それが「ARTHUR」という言葉へと転化していることから、おそらくは「王」の意味もあるのではないかと書いた覚えがあります。

あれから7年、いまだにケルトつながりでネットをうろうろしているワタシですが、先日は「arto-」=熊(bear)=王で、熊は芸術(art)とも繋がっている、と書かれたケルトの動物観についてのサイトを発見!

パディントンとかプーさんとか、イギリスに熊のお話が多いのはそのせいに違いないとの思い込みをますます強めているワタシです♪

 

そんなワタシが最近見つけたのは「cave bear」。

2万数千年前に絶滅したとされる「ネアンデルタール人」は、4万年前に絶滅した熊「cave bear」を崇めていたのだそうです。

スロベニアにあるネアンデルタール人の遺跡では、「cave bear」の骨で作られた笛「ネアンデルタール・フルート」というものも発見されたとか。

おとといの夜には、「CLAN OF THE CAVE BEAR」というアメリカのベストセラー本の感想が綴られた日本のサイトを発見。

「原始人小説」(←この響きなんだか面白くないですか?)についての蘊蓄(うんちく)に興味がそそられました。

そのサイトにあった「ヤンガードリアス」という言葉の「ドリアス」の「ドロ」が気になり、「ヤンガードリアス」で検索したところ、12,900-11,500年前にあった氷河期のことだそうで、その名の語源は「dryas octopetala」というスイスやスコットランドなどに自生する8つの花びらをもつ白い花(高山植物)とのこと。

そこから「DRYAD(ドライアド)」というのに行き当たり、それが「木の精霊」という意味であることを今さらながらに知り、なるほど~♪と。

木を知る者・ドルイドに戻ってくるのに、一体何年かかったことか・・・。

「赤毛のアン」に「ドライアドの泉」というのが出てくるのに、こっちからのつながりに気付かなかったのも我ながら情けない。(泣)

 

4月からNHKBS2で始まった「精霊の守り人」というファンタジー・アニメが始まっていたことも全然知りませんでした☆

昨日本屋で「CLAN OF THE CAVE BEAR」を探していた時に目にとまった、原作の「精霊の木」という本の帯に書かれた番宣にワクワクさせられたワタシは、今朝さっそくアニメ版をチェック。

・・・主人公がオープニングなどで歩いている風景、ワタシが昨日歩いた田んぼ道みたいでした。(笑)

確か舞台は、どこぞの宇宙だったはず・・・なのにまるで昔の日本とか中国みたい。

それに描かれている登場人物たちの顔がどれも怒ってるみたいで恐い★

今日日(きょうび)、この手の荒唐無稽な舞台設定の物語のことをファンタジーというのでしょうか???

ちょっとガッカリ。

 

一話目に感じたあまりの違和感に観なくなっていた「エミリー」もついでに観てみたんですが、思ったことすべてをすぐに口に出しちゃうエミリーは相変わらず気が強すぎ。

「この世のありとあらゆるものが込められた詩が書きたい」なんて、本当のエミリーなら言わないんじゃあ・・・。

他のキャラも、自分の思いを語る語る。(笑)

ジミーさんでさえ理路整然としすぎで、こんなの「エミリー」じゃない!

まあ、別のお話と思って観れば、それなりに観られるイマ風な味付けとも思いますが・・・。

 

台詞や絵ですべてをスッキリ表現できる、っていう雰囲気の「石」の作品じゃなくって、行間にニュアンスを込めた「泥」の作品が観たい今日この頃。

といっても、ドロドロの愛憎劇はご免ですけど。(笑)


ウェンディのお客さま(6.7)

「ん!?」


庭の木陰に怪し気な気配が・・・


「いったい何者かしら?」


クルックゥ♪


「このわたしに挨拶なしとは。ちょいとアンタ!」


ギロッ!


「どうぞ、ごゆっくり・・・。」



西宮甲陽園のスイーツ(7.15)

コンビニやスーパーで売っているスイーツでは満足できないワタシ。(笑)

お気に入りだった隣街(といっても車で30分)のフランス仕込みの洋菓子屋さんは、シェフが身体を壊してから味が変わってしまい、ワタシの舌を満足させてくれなくなりました。

実家に帰った時に必ず寄っていた隣町のドイツ菓子のお店にも、最近はなかなか行けない・・・。

そんなワタシがいまハマっているのは、兵庫県西宮にある洋菓子屋さんの焼菓子。

二週間前、ちょうど神戸出張の予定が入っていたnobukoの夫に、その洋菓子屋さんに寄り道してお土産を買ってこさせようと思ったら、脳梗塞の一歩手前(一過性脳虚血発作というんだそうです)になってしまい出張が中止に★

でも幸い入院もせずに一週間、かなり早めの夏休みをとって休養したお陰で、nobukoの夫の体調も元に戻りました!(本当かな~)

一昨日の神戸出張のついでに、念願の焼菓子をいろいろ買ってきてもらいました♪

 

なんで関東在住の我が家が、遥か西宮のお店に入れ込んでいるのか?

それには、ふかぁ~いワケがあるのです。

 

去年の夏、nobukoの夫の部下の女性から結婚式への招待状が届きました。

式には出席しなかったnobukoの夫は、「贈り物は気持ちだから」と格好をつけ、その半年前には出産祝も贈っている(←順序に注目・笑)にもかかわらず再びお祝いの品を奮発。

しばらくして届いたお返しの品は、オシャレというか、とてもシンプルなコーヒーカップが一客。

万年手元不如意の我が家にしては分が過ぎるお祝いを贈ったつもりのワタシは、貧乏人根性丸出しで早速ネットを検索!

そのコーヒーカップを値踏みしました。

二客のペアセットではなく一客ってことは、さぞや高価なものなのか・・・と思いつつ、送り主が利用していた通販サイトでそのカップの値段を見てビックリ!

なんと、我が家が贈ったお祝いの10分の1以下の金額ではあ~りませんか!!

一客で2,000円のカップというのは確かに安くはないと思いますが、お祝いのお返しは半返し、というのが常識だと思っているワタシには相当のショックでした。

 

「きっと、ウチが贈った品物の値打ちが分からなかったのね。残念★」

 

と自分を納得させようとしても、やっぱり釈然としないワタシ。

 

そして、今年の春。

今度は、nobukoの夫の元部下の女性の結婚式への招待状が届きました。

スピーチも頼みたい、とのことでしたが、あいにくnobukoの夫の母親の死去と重なってしまったため、代わりにお祝いの品を送ることに。

この前の苦い思い出が胸に残るワタシは、

 

「ネットで調べたら、出席できない場合のご祝儀の相場って出席するときの3~5割なんだって。今度はその範囲の品にしてね。」

 

と懇願するも、

 

「相場で言ったら、出席しない上司のご祝儀額は2~5万円、ってこっちのサイトには書いてあるよ。5万円の5割なら、この前の贈り物だって高過ぎってことはないんじゃない?」

「でも我が家の場合は、2万円の3割で6千円程度が身の丈に合ってる額よ。」

「まぁ、お祝いは相場じゃなくて気持ちだから。」

 

と、相変わらず見栄を張りつづけたnobukoの夫。

結局、我が家の台所では場違いこの上ない、オシャレな舶来(笑)のお鍋を贈りました。

すると、ほどなくお礼の電話があり、

 

「私の好きなブランドのお鍋をありがとうございました」

 

とのこと。

ふ~ぅん、そぉなんだ。あの舶来のお鍋、持ってるんだ。

なんて拗(す)ねながらも、少なくとも贈り物の価値は分かってもらえたわけだからまぁいいや・・・と安心したワタシは、その数週間後に再び大きな衝撃に見舞われることなど想像だにしませんでした。

そう、なんと今回のお返しの品も、贈ったお祝いの10分の1の金額だったのです!

 

こ、これは一体どうしたことでしょう!

お返しは半返し、というのはワタシだけの常識、世間の非常識なのでしょうか!?

 

「アナタ、実は部下から嫌われてるんじゃないの?」

 

そう言うワタシに、

 

「そんなことない・・・と思うけどなぁ。きっとお返しの相場っていうのがあるんじゃないのかなぁ。」

 

とネットを検索しはじめたnobukoの夫が見つけたあるページには、「頂いた金額の半分~1/3程度」!

やっぱり蔑(ないがし)ろにされているのか、nobukoの夫!!

 

「あ、ほら! こっちのサイトでは『若い二人からのお返しは2,500円程度でよい。高額のお祝いに高額のお返しをすると、相手の好意を受け入れずにそのまま返すことになり、かえって失礼。』って書いてある。 きっとこれが最近の実勢相場なんじゃない?」

 

ホントにぃ~??? ってな感じの怪しげな情報をつかんで、妙に安堵した様子のnobukoの夫。

でも、若いっていっても10歳も違わないんですけど、その人。

それに、「相場じゃなくて気持ち」で贈ったお祝いに、相場の最下限でお返しされてるアナタって一体・・・。(泣)

内心ブツブツ言いながら、お返しの焼菓子の詰め合わせの箱を開けたワタシは、ひとつ摘んでまたビックリ!!

その美味しいことといったらっ♪

 

う~ん☆ さすが、あの舶来の鍋を使っている人だけのことはある。(笑)

でも、この美味しさを味わってしまうと、なおさら半返しにしてくれなかったのが恨めしい。

せめて4分の1返し。(笑)

っていうより、この味だったらそのくらいの額でも納得なのです♪

 

これがワタシと、西宮・甲陽園の「ツマガリ」さんとの出会い。

実はこのお店、ネットショップもひらいているので通販で購入することもできるのです。

あんまり美味しかったので、日頃お世話になっている知人にも贈っちゃいました☆

でも、せっかく神戸まで出かけるなら、と病み上がりのnobukoの夫をお使いに遣ったという次第。

あいにくの雨だったようですが、落ち着いた風情の坂の町の小さなお店だったとのこと。

立派な結婚式も披露宴もせず、双方の家族の食事会&「袋田の滝」新婚旅行だったワタシたち夫婦。

今度機会があったら、二人で出かけてみたいなぁ・・・。

 

それにしても結婚の内祝って、2,500円が相場なのかなぁ・・・。


美しい庭(9.15)

先日、5年ぶりに人間ドッグを受けました。

血圧は、三度も測り直してもらったいずれの値も相当なものでしたが、全体としてはまずまずの手応え(?)に、これからも散歩と塩分コントロールを続けていこう!と意を新たにしたワタシ。

 

一昨日は久しぶりに雨が上がったので、さっそく買い物がてら散歩に出かけました。

いつも足を向ける近くの公園は森のように鬱蒼とした場所ですが、散歩の人たちで結構にぎわっています。

そこを通り抜けながら、ふと頭に浮かんだこと。

 

「エコバッグは私の周囲では話題になっていませんね。

もっとも私の生活範囲が狭いのか、鈍感なのか、本場のはずですのにね。」

 

実はこれ、あるアメリカ駐在記者さんのブログでのコメント。

この夏の間にその記者さんのブログにチョコッとお邪魔したのですが、その時にしたアメリカのエコバッグについての不躾な質問に対して丁寧に応えて下さったものです。

 

「でも記者さん、なんであの時『エコの本場』って書かれたんだろう?」

 

記者さんは、アメリカ(それともワシントンD.C.?)をエコの本場って思われてる?

あの時はなんとなく納得して、そこのところを素通りしてしまったワタシ。

でも日本のメディアが伝えるアメリカは、先の京都議定書から「逃げた」反エコ(?)のイメージなんですよね。

それなのにあちらに住われている記者さんが「エコの本場」とおっしゃるからには、そう言わしめる現実がそこにはあるのでしょう、きっと。

あぁ、そこのところをもっとお尋ねしとけばよかったなぁ

とは言え、あそこのブログはワシントン広場かと思って行ってみたら、銀座のクラブ!(って、行ったことないけど★)

政治談義の場にワタシみたいなヒヨッコはヤッパリお呼びでない!?って感じだったしなぁ・・・。

 

な~んてことを考えながら、家の近くの美容室の前まで戻ってきた時、その美容室の道路ぞいの芝生で、黙々とガーデニングに勤しまれているご老人の姿が目にとまりました。

 

「あ、またやってらっしゃる。」

 

その方が手掛けるその庭は、手入れがとても行き届いていて、いつ見てもとても気持ちがいいんです。

雑草一つ、芽すら出てない!

出ても、すぐに引っこ抜かれる!

ワタシの家の庭とは大違い。(笑)

 

で、またまたふと頭に浮かんだのは、アメリカでよく見ていたTV番組のこと。

タイトルはなぜかサッパリ思い出せないんですが、毎放課後に放映されていたもので、Vネックの無地のカーディガンを着た英国風(?)老紳士が、鼻歌まじりに家から出てきて、木の生い茂る彼の庭から視聴者に向かって、ゆっくりとした口調で日々の出来事を話しかけるという、なんとも不思議な番組でした。(注意:宗教とかじゃなかったです。)

結構ワタシのお気に入りでよく観ていたんですが、数年後日本で、アメリカ人の同僚に「アメリカにいた時、何を観てた?」と聞かれた時、その番組の印象をあれこれ話したらすぐに思い出せたところをみると、かなり有名な番組だった模様。

そういえば、あのおじさんちの庭の芝生は伸びぎみで、野花や雑草がそこここに生えてる感じだったなぁ。

ワタシんちの庭と似てるかも~。(←モノは言い様)

 

さて、先日突然辞任を表明された安倍首相。

安倍さんのような「美しさ」を求める人柄の方は、ドロドロした政治の場にはヤッパリそぐわなかったということでしょうか。

本当はどんな場所にいらっしゃりたかったのかなぁ。

安倍さんの憔悴しきったお顔をテレビのこちら側で拝見しながら、ふとそんなことが頭を過(よぎ)りました。

 

それにしても、余所(よそ)から見たらどのような場所に映るんでしょうか・・・今の日本。


ウェンディの夢(9.24)

ウェンディは


夢を見ました


・・・


・・・カマキリに


なって、


・・・


・・・


今度はセミを・・・


あ、猫に戻ってる


もぉ食べられないよ・・・。



ど根性、変える!?(10.2)

時津風部屋の力士が急死した事件。

殺された斉藤俊(たかし)さんは、亡くなる直前に家族にかけた電話で、

 

「僕、いい子になるから迎えにきて」

 

と伝えたとか。

今回の事件につながる俊さんの時津風部屋入門には、良く言えばやんちゃな、ハッキリ言えば親の手に負えなくなった子供を、矯正施設へ預けるという意味合いもあったということでしょうか。

 

それぞれの日常から見たら理不尽な事柄と対峙し続ける中で、倒れず引っこ抜かれない「根っこ」をはやす。

シゴキが根性の育成につながり得る、このこと自体には素朴に共感するワタシです。

でも・・・。

 

より強い肉体を得たい、常人の域を超えた根性を得たい、と願う者へのシゴキ。

本人はそのいずれも望まず、周囲が常人並の根性を身につけさせたい、と願う者へのシゴキ。

この二つは明らかに異なる配慮がなされるべきものでしょうし、いずれの者に対するのであれ、相手の成長をしっかりと見据えるという「精神的なゆとり」を持った者でなければ、本当の意味でのシゴキは出来ないはずです。

 

「何十年も相撲界にいるが、おまえみたいに根性のないやつは初めてだ」

 

時津風親方はそう説教し、

 

「後はわしが面倒を見る。おまえらは風呂に入れ。」

 

と時太山こと俊さんと二人きりで稽古をつけ、その直後に俊さんは意識不明になったと伝えられています。

倒れない身体、折れない心といった「命の根」を育てるはずのシゴキで、その根を絶ってしまっては本末転倒。

誰かに預けていたわけでなく、自身の身体で稽古をつけていたにも関わらず、相手の変調に共感するゆとりを持てなかった親方に、弟子を育てる親方の資格があるのでしょうか。

 

しかし、よくよく考えてみると、責められるべきは時津風親方だけではないようにも思えてきます。

横綱が空位になることに辛抱ならず、遊牧の文化に心の根を持つ青年力士に、未だ自分達が求める品格を望むにはまだ早いと知りながら綱を預けた挙げ句に、彼の所行に難癖をつける今の相撲界には、そのゆとりを求めることは無理なのかもしれません。

まさに、相撲界そのものが品格を失っているということなのでしょう。

 

相撲に限らず武道やスポーツではシゴキは当たり前で、そうやって精神面を鍛え上げて初めて一人前になり、勝つことができると真(まこと)しやかに説かれる世界。

中学校の部活や地域の少年スポーツクラブでさえ、そういった信念で営まれているところがあるようです。

そこで危惧されるのは、その信念をしっかりと体現できる指導者を得ずに、単なる理不尽の押しつけになってはいないか、ということ。

 

例えば、地域のスポーツクラブ。

子供たちだけで気軽に草野球や草サッカーを楽しむ空き地がなくなった昨今では、親掛かりでチームを組んで、グラウンドを借り上げて「試合に勝つ」ための練習を重ねるのが当たり前になってきています。

そんな中、特別に自分を鍛えているわけでもない素人に毛が生えたような者が、「精神的なゆとり」を持つどころか「日常の精神的ストレスの発散の場」を求める心理で、「年上だから」とか「先輩だから」とか、果ては「指導する立場だから」とかを理由にシゴキを加える。

そして、それがもとで大人同士の諍いが生じ、チームは分裂、空中分解・・・そんなケースをワタシも身近で体験しました。

 

気合い

根性

 

自らを律する言葉として用いる人はほんの一握りで、多くは他者を縛る「掟」として誇らしげに口にしている。

対峙する相手と「気を合わせる」ゆとりを持たず、その「根」を引きちぎってしまったとしても、「行き過ぎでした」で済ませてしまう。

コミュニケーションという考え方から離れ、相手に押し付けるばかりの精神論がまかり通るのは、この国の常?

そうは思いたくないワタシです。


木と泥の一族(12.23)

日頃ネットを見ているせいか、はたまた寒すぎて散歩に行く気にならないせいか。

左右どちらかの眼が、激痛とともに出血する今日この頃。

先週受けた視野検査で、人間ドックでひっかかってた緑内障の疑いをとりあえず晴らすことが出来てひと安心したのもつかの間、風邪をもらってきちゃったかなぁ★

まぁ35を過ぎる頃から冬になると月に一度の割合で体調を崩してはいるんですけど、こう良い時と悪い時の差が激しいと、なんだか不安になってきます。

 

さてここからが本題。

とあるアニメ番組を担当された方に、この夏、さるお方を通じて陣中見舞いを差し上げたワタシ。

奥様からお礼メールをいただいた晩に、ちょっとした偶然が重なり驚きました。

 

その夜、我が家がたまたま見ていたのは「天才」を創り出すというアメリカのとある研究所について紹介した情報番組。

1980年代に、自ら志願し資格ありとされたエリート女性たちが、これまた「優秀な」匿名男性の精子を買って人工授精した結果、200人以上の「天才」が生まれたそうなのですが、ワタシはその中の一人、ドロン・ブレイクという青年のエピソードに心惹かれました。

高額な対価のためか、マスコミに追跡取材されることを良しとした元ヒッピーのエリート母に育てられたというその青年。

番組でも紹介されていた彼の言葉が、ネットにもありましたので少しご紹介します。

 

 

“Genes have never been important to me”, he told Plotz. “Family is the people you love. I feel a lot closer to people who are not my blood than to those that are.”

 

「遺伝子など僕にとっては大した意味をもたないんです。」彼はそうプロッツに言った。「家族、それはあなたが愛する人たちのことです。 肉親に対してより、そうでない人々に対して僕はずっと近いものを感じるのです。」

 

 

“I was his ideal result,” Doron says, but then he goes on: “It was a screwed-up idea, making genius people. The fact that I have a huge IQ does not make me a person who is good or happy. People come expecting me to have all these achievements under my belt, and I don’t. I have not done anything that special. I don’t think being intelligent is what makes a person. What makes a person is being raised in a loving family with loving parents who don’t pressure them. If I was born with an IQ of 100 and not 180, I could do just as much in my life. The thing I like best about myself is not that I’m smart but that I care about people and try to make other people’s lives better. I don’t think you can breed for good people.”

 

「僕は、彼が得た理想的な結果だったのです。」ドロンはそう言いながらも、次のように続けた。「天才を造り出すなんて無理矢理な思いつきだったんです。僕の高いIQが、僕を良い人間にしてくれたり、幸せにしてくれたなんてことはなかったんです。世間の人々は、理想が具現化した存在として僕に会いにきましたが、でも僕はそんな者ではなかったんです。僕は特別なことは何もしなかった。僕は、知能が人格を形成するなんて思っていない。人格は、子供を追いつめたりしない慈しみ深い両親と愛情に満ちた家族の間で育まれるものです。もし僕が180ではなく100のIQを持って生まれたとしても、精一杯できることをして生きたでしょう。僕自身、最も好きな所はどこかといえば、頭がいいということなんかではなく、誰かのことを案じ自分以外の人の暮らしを少しでも良くしようと思えることなのです。良い人間を繁殖させることなどできやしません。」

 

 

ギリシャ語で「贈り物」を意味するという「ドロン」。

その名をつけた母親の期待どおりだったのかどうかはともかく、自らの出自は誤りであったと語り、子供たちの保育に普通に携わりながら高校の教師を目指している彼の姿に、陣中見舞いを差し上げた方が描かれた物語世界の主人公の姿が重なったワタシ。

もしかすると本当に神の御業はあるのかもしれない、と思ったワタシの元にちょうど届いたのが、SEEDと名付けられた物語を綴った方からのお礼メールでした。

 

ドロン・ブレイクという名のドロンの綴りは、アラン・ドロンのDelonではなく、正真正銘のギリシャ語由来の「Doron」。

そしてブレイクの方はあのウィリアム・ブレイクと同じ「Blake」。

ここまでネタが揃うと、泥(dre)、つまり「木の一族」とのkindredを感じずにはいられないワタシです。