2003年のひとりごと

ワタシの心に蒔かれた種(1.19)

アニメのなかの描写が低年齢層の視聴者に対して悪い影響がある? いやむしろ良い効果がある?

 

ワタシの場合は自分がそうであったように、子供達にはキレイなものはもちろん、暗いものや汚いものも臆することなくからだ全体で体験して欲しい、っていうより、否応無しに体験しちゃうものだと思うタイプです。

だからワタシは、イイもワルイもアニメに教育効果なんてハナッから期待してないし、大人だろうが子供だろうが、見る者の心を明日に向けるお話であれば何でもOK。(作り手がしっかりと意識してくれることにこしたことはないけれど・・・。)

 

で、どんなお話がそうなのか、って言われれば見る者のパーソナリティとの相性だから、「ワタシにとっては」っていうことしか言えないけど。

 

ワタシが子供の頃好きだったのは「トリトン」とか「バビル2世」の冒険もの。

 

「トリトン」が始まる時刻は6時だったでしょうか。確かまだ外が明るくて、でもとんで帰ってテレビの前でワクワクしながら海が爆発するオープニングシーンを観ていたワタシでした。

 

でも詳しいストーリーとか、最終回のことはこれっぽっちも憶えてないのですが。(苦笑)

 

お話世界に心踊らせ、主題歌を口ずさみながら、自分なりの空想を広げて楽しんでいたようです。(変わってないな~★)

 

一方で恋愛もの(とか虎馬もの?)は、なんだかつまらないってタイプでした。

 

小さい頃からリカちゃん人形には興味なかったコで、犬の大きなぬいぐるみとか、弟が持ってたタイガーマスクの人形をマスクをはずして遊んだりするのが好きでした。

 

高学年の頃夢中だった「キャンディ・キャンディ」は、親友と交代で「花とゆめ」を買っては回し読みしてましたが、恋する気持ちへの共感だけではなく「異国の明るい少女」が、自分のあり方を追い求める姿に憧れながら読んでいたっけ。

 

そんなワタシがいま一番見たいのは、福田己津央監督、井上敏樹脚本で、横山光輝作品のアニメ。くどい?(笑)


PTA WORKS Eps.5.5/理事会の逆襲2(1.23)

時間に間に合うよう来ていたのは私たち環境委員の2人だけ・・・てなわけで(どういうわけ?)当たり前のように遅れてスタートした新年一回目のPTA理事会★

 

「(外の)仕事を持っているお母さんが増えている中、次年度もこのままの作業量ではもう無理かと・・・。」

 

ご多分にもれず息子達が通う小学校でも、年々児童数(そしてクラス数)が減り続け、それに伴いPTAの役員数も減り続けています。

 

なのになぜか仕事量の見直しもしないまま、次年度へ引き継ごうとしているノー天気な本部会の面々。

 

ワタシの周りで聞こえてくるお母さん達のひそやかな声を代弁するわけではありませんが、1年間委員長(←クジでなった)を努めた実感もこめて、環境委員会の仕事の一部削減(つまりは仕事量のそれほど多くない他委員会への移譲)と、草刈りの際の充分な飲み物代の確保について、おそるおそる理事会に提出してみました。

 

案の定、PTAの仕事の中身や分担をいじることにはなぜか大反対のお母様方から、いつものように「子供達のために!」とのご立派な主張でけむにまかれて、参った参った☆

 

覚悟はしていたものの、理事会初登場の広報委員のお母さんにまで、

 

『環境』だけが

 

さも大変だって文句言って

 

そんなのワガママじゃない?

 

皆今までやってきたことでしょ

 

そういう仕事だってわかってて引き受けたんでしょ

 

違う?

 

私たちだって(外で)仕事してるけど

 

うまくやってるわよ。

 

と、「イジワルな相田みつを」みたいなことを我がモノ顔に言われた時には思わず絶句。あんた、さては広報委員会が比較的楽な仕事だってわかってて引き受けたな。

 

と、突然その女性の懐から「地上の星」の着メロが大音量で流れ出し、「ハハ~ン、その手のキャラか★」と妙に納得してしまいました。

 

学校側(校長先生や教頭先生)は、「確かに『環境』はやる作業がきっちり決まってますからね。どうするかは皆さんで決めて下さいね。」「予算については対応できそうですよ。」と提案内容を援護(?)してくださったようでしたが、何の効果もなかったようで、結局提出した改善案は理事会にはほとんど聞き入れてもらえませんでした。(泣)

 

まあ、PTA議事録に少しは載せてもらえた(ハズ)ことで、当初の目的は最低限達成できたかなと、一応満足している気の弱いワタシです★(←でも、議事録ってあるのか?! 笑)

 

今回印象的だったのは一緒に出席して下さった環境委員さん(←この方、理事会でも一生懸命ワタシの援護射撃をして下さいました♪)から、帰り道にお聞きしたお話。

 

「私は家にいるからいいんだけど、仕事で都合のつかない人っているじゃない? で、欠席の連絡を入れたら『委員を引き受けたんだからそのくらいやって当然でしょっ?』って嫌味言われちゃったって言ってるお母さんたち、結構いるのヨ。ホントそういう雰囲気だったわね、今日の理事会★ だからって、私たちみたいに家にいるお母さんばかりに仕事が回されるのはもう御免だしネエ。(苦笑)」

 

「女も経済的に自立しないと」ってな近ごろの風潮には「ハテナ?」で、「せっかく子供を授かったら、家にいないと」って日頃から感じてる古典派(?)なワタシですが、「あるべき論」で全てのお母さんにPTAの仕事を無理強いしたりするのもいやだし、仕事を持っているお母さんを当てにせずに出来る仕事量に減らすなり、仕事の分担を調整するなりするのは当然だと思うんです。で、気がつけば、いつの間にか仕事持ってるお母さん達の代弁をしてる格好に・・・。

 

何はともあれ、「いままでそれでやってきたことだから」っていう、「PTAのお役所体質」につくづくトホホな1日でした★


ナチュラルフレンズの「明るくても希薄な」交流(3.7)

SEEDの物語を紡ぐ登場人物達のパーソナリティ、あるいはキャラクターが不明瞭だと言う印象を持ってしまうのは、ワタシの感性が鈍いせいかと思っていましたが、他にも同様の印象を持っておられる方の書き込みを公式BBSで拝見して少し安心。

 

登場人物のキャラクターは、それぞれきちんと設定されていることでしょう。しかし、それは設定資料の中で表現されるものではなく、人物相互がコミュニケーションしあう「関係性」のなかで表現されるものです。けれどもSEEDにおいては、その登場人物の多さ故か、コミュニケーションの描写が断片化され過ぎてしまっていて、それらを組み合わせてもブランクが多すぎて絵柄が浮き出てこないジグソーパズルのようです。

 

たとえば何話か前に、トールとミリアリアがフレイ、サイ、キラの関係について「変なふうにならなきゃいいけどなぁ」と言い合っていたシーンがありました。これは、同じ空間、それも臨戦態勢にある戦艦という非日常的かつ閉塞的な空間の中で共同生活をしているものとしては、単なるゴシップ的興味と言うよりもより切実な憂慮であろうことは想像に難くありません。

 

ですからこの会話は、その後の展開の中で描かれるへリオポリス・フレンズ同士の絡みの前触れかと思いきや、その後はトールもミリアリアも、あるいはカズィも、友人たちの間に芽生えている不穏な気配に関心を示したり、介入、調整しようとするエピソードが描かれていません。ただ、サイがストライクを動かそうと悶絶する姿をモビルスーツの外から眺め、倉庫で禁固を命ぜられたサイに食事を運んだカズィが声をかける程度です。

 

もし、今の若者にとっては、このような友人関係の描写こそが写実的(リアル)なのだというのなら、そのような淡白な関係性をもっと多くのシーンで表現してほしいところです。

 

SEEDがガンダムであるか否かの問いは、ガンダムの定義を共有した者の間でしか成り立ち得ないですし、そもそもワタシはその問いにはあまり関心がありません。

 

それ以前に、SEEDが描こうとしているテーマ(それは現段階ではアンノウンで構わないのです)に照らして、多くの登場人物達を配置し、彼、彼女らの人物描写を断片化している訳の方が気になります。

 

実はこれから一気にピースが埋められていくのかも・・・。

 

いずれにせよ、断片化の点でふと思ったのは、もしかしてそれって、異なる4誌で同時展開されているアストレイのストーリーと関係あり?

 

SEEDの中で十分に描いちゃうと、後でそれぞれの物語を統合していく時に輻輳しちゃって収拾つかなくなるから、あえてその描写をブランクにしておいてるとか・・・。

 

だとすると、SEEDのチグハグ感はプロデューサーさんのコントロールミス?

 

そもそも、ひとつのストーリーを複数の視点に切り分け、異なる媒体で同時進行させるっていう手法には、ワタシの中では大きな?がつくのですが、せめてそれぞれが独立して物語の主題を描き切って欲しいものです。(ワタシはSEEDしか興味ないけど★)

 

そう思って観ると、人物描写の断片化については一旦ワキにおいて、AA内での淡白な関係性について積極的な評価をしたくなります。

 

自分の苦しみから逃れたくて、憧れの少女の心の病(や)みにも気づかず一線を越えてしまった主人公。

そんな少年の周りにいるのは、一歩離れて接しようとする「寛容」な大人たちと、いつまでも「朗らか」な友人たちばかり・・・。

 

AAの中での「明るくても希薄」な交流って、今風ってことなのかな・・・。

 

表面的には明るいってところが、ある意味、とっぷり暗かったリヴァイアスよりもリアルだったりして。

 

もしかしてこれって、今の日本に流れている空気をリアルに描こうとしているからなんでしょうか。

 

自分という個と、組織とか社会とかの間に生じるジレンマを、ひとりひとりが感じないまま、ただプカプカと流されている現代人に等身大になるようにと、AAの人たちを描いてるってこと?

 

でも、観ている人たちにも登場人物達にイライラをつのらせてる人が結構いるってことは、世の中まだ捨てたもんじゃないってことなのかもしれませんネ。


オルフェノク街道、まっしぐら?!(3.23)

お医者さんでイヤ~な気持ちにさせられたこと、ありませんか?

 

去年の暮れ、nobukoの夫の会社の検診で、父譲りの遺伝性の疾患と貧血があることがわかったワタシ。

以前、近所にあった医院(今は遠い町に移転)で処方されていた漢方薬がしっくり来ていたこともあり、漢方製剤も処方可能という個人クリニックをHPで見つけ「ここだ♪」と、検診センターからの紹介状と検査結果をもって訪ねたのは先月のこと。

 

そのクリニック、入り口には初めて見るスリッパ滅菌システム☆ 

広くて明るい待合室には最新の空調設備☆ 

前面の壁には医療情報が次々に映しだされるテレビモニター☆ 

&ちびっ子達専用の遊びスペースでは、若いお母さんが子供と遊びながら順番を待っていました。

 

ワタシの番が来たので指定された1番の診察室に入ると、机の上にはコンピューターカルテがこちら向きに置かれていました。

ウ~ン☆ここらでは珍しいくらい先端的雰囲気のある医院だな~と思いながら、隣で診察中の先生を待つこと5分。

「お待たせしました。」忙しそうに現われた先生は、早速コンピューターに何かを入力し始めました。

ワタシが検診センターでの検査結果を説明すると、その先生、受付で渡してあった紹介状にはろくに目も通さないで、

「わかりました。それでは血液検査をしましょう。ところで花粉症はありますか?」

「え? あ、はい。花粉症みたいなんですけど、でも甜茶(てんちゃ)を飲んでいるせいか全然気になりません。」

「ではついでに花粉症の検査もしときましょうか。ちょっと値段が高くなるけど一緒に検査しても構いませんか?」

気にならないって言ってるのに~と思いながらも、拒否するのも角が立つかなとOKしました。

ところが、検査結果がまだ出ないその日のうちの会計で、なぜか花粉症の薬(目薬と喉のスプレー薬)も出されたので、これには「私は花粉症を診てもらいにきたわけではないし、気にもなっていないので、このお薬はいらないんですが・・・。」と、丁寧にお断りしました。

 

そして一ヶ月後、検査結果と貧血の薬をもらうために再び訪れると、先生はコンピューターの画面と血液検査の結果を交互に見ながら「あなたには花粉症しか悪いところはないですね。」

・・・ハア?

先月キチンと説明したのにどうして?と、私にも向けられていたコンピューターカルテの画面になにげなく目をやると、そこにはハッキリと読み取れる大きさの文字で「合意の上で花粉症薬を処方したのに、感情的にタンカを切って拒否したので処方できなかった。云々」と書いてあるじゃあ~りませんかっ★

「こ、これは私のことですか?」とおそるおそる尋ねると「気にしなくていい」とか「あなたのことではないかもしれない」とか、まるで要領を得ない対応・・・。

 

身に憶えのないことを書かれていたことのショックで呆然となりながらも、

「ワタシは花粉症を診てもらいに来たわけでもないし、タンカを切った覚えもないんですが・・・。もう信頼できませんので、紹介状を返して下さいませんか。」

というようなことを、やっとの思いで告げると、フラフラと診察室を出ました。

信じられない思いをしたのに、なぜかシッカリ診療費(1330円!)までとられて、まさに踏んだり蹴ったり★

「これは不当な請求です。払いません。」って言えれば、気持ちもだいぶスッキリしたのでしょうが、でも「ほら、またタンカ切ってるよ」なんてことになったら、それこそ相手の思うツボ。悔しいけれどそのまま帰って来ました。

 

そもそも、主訴のない疾患に薬を処方することはしてはいけないはずの医師が、不要な処方を拒んだ患者の人格を損なうような表現の記録を残しているというのは、一体どういう理由からなんでしようか。

帰宅してnobukoの夫に相談すると、「そりゃ酷(ひど)いね。先月のことは、僕も迎えで待合室にいたから、会計でタンカなんてきっていないことは憶えてる。それより薬を渡したおばさんの方が、ひどく恐い顔してたけどね。保険請求点数を増やすために過剰処方をしようとして会計で君に断られたために、処方取り消しの責を押し付けたとしか思えないね。」

 

ひ、酷すぎる!

っちゅ~かこのまま泣き寝入りしたら、オルフェノクになっちゃいそう・・・★(泣笑)

 

費用のこともさることながら、この医師が記録した事実とは異なるワタシの人格に関わる情報が、ワタシの健康保険情報とともについてまわることになったら・・・ゾッとします。

どこかこういう相談受け付けてくれる所ってあるのかしら。トホホ~★


PTA WORKS Eps.6/nobukoの復習(4.30)

先週の金曜日は、お昼過ぎから小学校へ出かけました。

新年度最初の授業参観と保護者懇談会の後、保護者はそのまま残って、PTAのお役目を今年は誰が引き受けるのか、ドキドキの(笑)話し合いがもたれ、そのまた後で、前年度役員は活動報告と今年度の本部役員任命の為「PTA総会」に出席、というなんとも長い半日でした。

 

前年度役員のお母さん方が、さも問題はなかったかのように笑顔でお決まりのセリフを読み上げ進行する中、各委員会の委員長は無事報告を済ませると、会は40分程で終了しました。

PTAでは唯一の男性だった前会長は一言、「人間関係が難しかった」とこぼしてましたが★

その後、ほとんどのメンバーは恒例(らしい)の立食パーティーに臨むため、職員室の前に止まっているバスに乗り込みホテルへと移動しましたが、ワタシはそういうのが苦手なので、挨拶して急いで夕食を作りに家に戻りました。

 

・・・ちゅ~か、お役目終了の気分になど浸っていられないのです★

GW明けには最難関(?)「引き継ぎ」が待っているので、それに向けて最後の準備に入らなければならない・・・。(泣)

1年間環境委員長をやって、作業量の予想以上に多いことに心底まいったワタシでした。

でも次の委員長さん(まだ決まっていない)には、驚かさずに(苦笑)一連の作業をお渡ししなければ☆

 

あれこれ悩んだ末、GW明けに開かれる新年度評議会で選出されるお3名(環境委員長、副委員長、会計さん)に目を通してもらえるよう、「環境委員会作業マニュアル」を作ってみることにしました。

なんとかして「引継ぎ」をスムーズに終わらせた~い!

 

てなわけで、煩雑な環境委員会のお仕事でしたが、いつどんなことをやったか、出来るだけわかりやすく&シンプルに書き留めるべく、nobukoの復習が始まりましたとさ。(笑)


現実世界のデフォルメの仕方(5.27)

やっぱり今月もゲットしてしまいました☆ガンダムエース。

福田監督のインタビューも、富野監督のインタビューも、面白かった♪

富野御大、コモンセンスっていってたし。(あと少しでキンドレット・センス♪)

でも、御大もあると思ってるんですね、「ネオコン」っていう主義や集団。

 

ネオ・コンサバティブっていうのは、ある種の政治的な傾向をもった人たちを指して使われる言葉ですけど、当人達が自称している党派じゃなくって、その人たちを批判的に評する人たちが括った呼び名、って私が信頼しているジャーナリストが伝えています。いわば他人により「クラスター化」されたもの、ってこと。

 

クラスターっていうのは、相対的に似たもの同士を一つのまとまりにしたもので、まとまりを作る時の条件を加えたり減らしたりすることで、いかようにでも変わるもの。

ことイラク戦争に関する意識という視点で見れば、政党と言う組織化されたクラスターさえもさして意味を持たない、全く別枠のクラスターが米国内に形成されたことは、各種世論調査や各州議会や連邦議会内での各種決議の内容を見ればわかることでしょう。

そんな中でのラムズフェルド国防長官とパウエル国務長官の間に見られる「温度差」は、立場の差やパーソナリティの相違としてはあるでしょうが、アメリカを二分する程の対立軸として表現するのは、あまりに大袈裟というものでしょうし、完全な一枚岩として振る舞う政権というのもかえって怪しいものです。

 

それが戦争であれ、行政改革であれ、推進されつつある政策に反対する人々が、政策推進側の内部分裂を演出するというのはよくあること。アメリカのクオリティ・ペーパーは、今回の「ネオコン」というラベリングもその類いだと判断していたみたいですし。

 

それにつけても、合衆国って「ローマ」っていうより「ケルト」なんじゃないかなと感じる今日この頃。

アメリカにいた頃、ワタシも妹も「I pledge allegiance to the flag of the United States of America, うんぬん」って、学校で毎朝皆と宣誓していたんですが、ワタシの妹が通っていた市立小学校では国歌も歌っていたようで、それがなんとイギリス国歌だったと気づいたのは日本に戻ってからのことでした☆

で、そういう風に、それぞれの多様性を重視しながら、それでいて全体としては大きなひと括りができる社会、ってところがなんかケルトっぽいなぁと。

そういえば、春のセントパトリックスデーという日には、全身緑色の洋服に身をつつんだ人たちが「あなたはアイルランド人?」って互いにからかいあいながらその日を祝っていましたし、秋のハローウィーンもケルトが起源らしいですし。

そういうケルト的な風物が定着している社会としてアメリカを見た方が、誤解は少ないんじゃないかな~。


地域猫への道(7.9)

今飼っているメルは2匹目の猫です。

1匹目はまだ長男が生まれる前、どしゃぶりの雨の朝いつものように出勤しようと外に出たところ、ドアの所でミィミィ鳴いていた黒い子猫でした。

猫を飼うつもりなんてなかったので、本当に弱りました。

捨て猫を2匹飼っている同僚(イギリス人)に相談したり、タップ(犬)に頼んだりして(笑)なんとかしましたが、それから1年ほど後、長男が生まれる少し前の月夜に遠出したらしく、車に轢かれて冷たくなっているのを近所の方が知らせてくれました。

 

現在のメルは、タップのエサに惹かれて居着いちゃった猫で、もう生まれて半年(?)くらいたっている様子でした。

そしてこの3年間、我が家を悩ましているのが猫にまつわるエトセトラです。

今まで普通におつき合いしていたご近所が「お宅の猫がウチの庭で悪さをするのよ~」と不快感もあらわに文句を言ってくるようになってしまって・・・★

もともと猫も犬も飼いたいわけではないワタシ(たぶんアレルギーあり)にとって、湿気の多い日本の家屋内での飼育はとてもじゃないけど無理な話。

せめて匂いを軽減する成分入りのエサにしてみたり、庭に猫のトイレを数カ所用意したりするのがせきの山です。

ご近所のなにげない文句を聞く度に、心底謝っては、飼うことになったいきさつを話したり、自分もこれ以上猫が増えてしまうことには反対なので、メルには去勢手術を済ませたことなども伝え、我が家の一員であることがわかるようにと首に鈴と一緒に緑の魚形の名札をつけたりしました。

それでも相変わらず、片身の狭い思いをしております。

この前、町の広報誌で「猫を飼うならできるだけ家の中で」と載っているのを目にした時には「そ、そんな~★」と悲観的になってしまいました。

 

とそんな状況なもので、5月の半ば、生まれてしばらくたっているらしい子猫が迷い込んできた時には心底まいりました。

こ、これ以上はご近所様が許してくれない~。かといって、保健所につれていくことなんてできない~!

一週間ぐらい追い払い続けたのにミイミイと鳴き続けるお腹のすききったその子猫を、悩んだ末、悪いと知りつつも生き延びられそうな場所へ車で運んで、一回分のエサと一緒に置いてきたのでした。

かわいい子猫なので、ここらと違って空間の広い農家の庭先なら、どこかに置いてもらえるのではないかとの淡い期待もあって。

ところがそれから10日ほどたって、どこかで聞いたような鳴き声に耳を疑い庭に出ると、まぎれもなくあの子猫が元気な姿で戻っていたんです☆

今度は、ずっと遠くの(以前次男坊がお世話になった)大学病院の裏手の山へ、エサと一緒に置いてきました。こんなことしか出来ない自分が情けない。(泣)

もしも、また戻ってくるようなことがあるなら、その時はご近所が何と言おうと飼おうと誓う我が家でした・・・。

 

そんな中、先日NHKの「ご近所の底力」という番組で、今いる野良猫たちを追い払うのではなく、去勢なり避妊なりさせて徐々に減らしていくという穏やかな解決策を提示してくれていたことに、深い感謝をおぼえました。

これだけでも、今まで視聴料を払ってきた価値あり!


逝ってしまったメル(8.15)

台風が接近していた先週の金曜日、ノミ除けの薬を付けた時にはいつもと変わらぬ様子だったメルが、台風の週末に見当たらなくなり、もしや下水道に流された?!と皆で心配していたところ、日曜の晩に弱々しい姿で戻ってきました。

急いで動物のお医者さんに時間外診療をお願いして連れていったところ、一年前に4キロあった体重が2.5キロに減っていることがわかり、何か大きな異常があることがわかりました。

ワタシはnobukoの夫と相談して、これ以上メルの病名などを知るために診察に連れてくることはしないで、家の周りで最後の時を過ごさせることにしました。

その晩は、いくどかその中で過ごしたことのあるオリの中で、静かに横たわっていたメルでしたが、明け方の4時頃ニャーと鳴いて外に出たがったので、扉を開けたところ、いつものお気に入りの場所へよたよたしながらも歩いて行きました。

そしてその朝は、呼べばまたやってきて、日頃は食べなかった煮干し(だしを取った後のやわらかくなったもの)をムシャムシャと食べましたが、日に日に食は細くなっていきました。

 

水曜日の夜。nobukoの夫がいなくなったメルを探していたら、少し離れた草むらから出てきて、少しご飯を食べた後、玄関先の小屋(ネコ用トイレの中にクッションの小屋を入れたもの)に自分から入りました。

木曜日。朝から雨が降っていて寒かったため、まだ小屋に入っていたメルをそのまま玄関の中へと移しました。

メルはニャーと小さい声で応えていましたが、外にはもう出てきません。

そしてお昼ごろ、息もやっとという様子になり、長男が声をかけながら見守っている時に、メルは旅立っていきました。円らな瞳を開いたまま・・・。

ネコは、最後の時には飼い主の目の届かないどこかへ行ってしまうと聞いていたので、メルは昨日、そのつもりだったところを戻ってきてくれたのかもしれないねと、皆で話しています。

今は、お気に入りだったアベリアの花の木陰で、仲良しだった犬のタップと共に眠っています。


やっぱり観てみた~いっ!!(9.12)

暑さのせいか、朝ご飯の進まない次男坊。

それでもなんとか食べ終えると、玄関先で靴を履きながら、「あのね、メルの夢を見たよ。タップと一緒にいた。僕はプールで遊んでてね、そばにはお父さんやお母さんやおばあちゃんもいたよ。夢みたせいだと思う。ご飯食べたくないの。」とぽつり。

ワタルはワタルなりに、庭にタップやメルのいない寂しさを感じているようです。

そういえば、昨日は学校から帰ると「今日はちょっと頭が熱いから、遊びに行かないでいい?」といって、レオサークルの登場するあたりを見ていたっけ。

 

さて、SEED。もうすぐ最終回ということで、TVBros最新号に出てますネッ、福田監督♪

でも現実のイラク戦争とのタイムリーさばかりを強調したがる記事には違和感。

ワタシがよかった♪と思った点が全~然紹介されてないのはナゼ~?!

折り紙の百合の花をクルーたちが手向けるシーンや、トリィがキラとアスランを再会させるオーブの港のシーン、ラクスが劇場で「水の証」を歌うシーンや、フリーダムとジャスティスが手を携えて宇宙(そら)へと飛び立ちオーブは炎上してしまうシーン・・・・・・従来のガンダムにはない、こうした叙事詩のようなシーンの数々こそ、福田監督ならではなのにぃ。

一年間SEEDを観てきたワタシは、ときおりSEEDに舞い降りる(?)何とも言えない躍動感に、言葉にならない喜びを感じました。まだ終わってないけど。(苦笑)

 

話変わり、ファイズ。なんだかとってもおもしろそ~なビデオが出来たようですネッ☆

その名も、「スマートブレインの全日本ミュージカル化を阻止せよ、ファイズ!」

なぜかパラレル電童最終話の「兄ー」を思い出しちゃったワタシは、村上社長のブロードウェー進出指令(?)が見たくていてもたってもいられず(といっても今頃なんですが★)、今月号の「てれびくん」をゲットしちゃいました☆

これってもちろん井上さんの本ですよネッ?!  違っていたらどうしよう~★

っていうか、こういうのをTVスペシャルで見せて~☆(苦笑)

 

それにつけても、嗚呼、やっぱり観てみた~いっ!!

福田己津央の明るさと、井上敏樹の暗さ(?)とが、バチバチ化学反応を起こしちゃうトンでもない作品!(←まだ言ってる☆)


振り返れば埋蔵金がある!?(10.9)

「振り返れば奴がいる」を書いた三谷幸喜氏の、「新撰組!」に期待している電童一家。

実はnobukoの夫には、新撰組の最後にまつわる荒唐無稽な持論があるんです。

 

「新撰組!」で香取慎吾が演ずる隊長・近藤勇。

慶応4年(1868)正月の「鳥羽・伏見の戦い」で敗走し勝沼(山梨県)での官軍との戦いにも再び敗れ江戸に戻った彼はその後、元新撰組隊士や新たに集まった人たち約500人を率いて流山(千葉県)に入り、当時長岡屋という酒造家に『最後の陣営』を敷き再起を図る。

彼はそこから敢えて動こうとはせず、4月3日に追いついてきた官軍に自ら下り、捕縛。

そして4月25日、板橋庚申塚(東京都)で斬首処刑、三五歳。

 

土方歳三が止めたにもかかわらず、近藤が自首したのはなぜか?

一般には、流山の住人を戦火に巻き込みたくなかったから、と言われているが、それならなぜわざわざ流山に陣を敷き、官軍が追い付くのを待つかのように陣を停め続けたのか?

 

この謎を説く鍵が、近藤が最後の陣を敷いた流山という地名にあると、nobukoの夫はみています。

この地名の由来にはいくつかの説が有るようですが、よく言われているのが次の二つ。

 

(1)建長年間(13世紀半ば頃)上州赤城山の一部が流れ着いた所。

(2)同じ頃、赤城山より流れ着いたお札をお祭りした所。

 

赤城山といえば、思い出すのが「徳川埋蔵金」です。

大老・井伊直弼が徳川幕府再興の資金として、甲州流軍学者、大学頭幕府学問所頭取、林鶴梁に命じて三百六十万両を赤城山麓に埋蔵することを計画させ、慶応4年(1868)にそれまで陸海軍の奉行を兼ねる勘定奉行であった小栗上野介が埋蔵に当たったとされている黄金伝説。そう、以前TV番組で糸井・石坂コンビがひたすら掘り続けたにもかかわらず、結局発見されなかったアレです。

 

で、近藤が最後の陣を敷いたのは、流山の地名の由来となっているお札をお祭りした赤城神社(赤城山という小高い丘の上にある)のすぐそばなんですって。

ここまでくれば、もうおわかりですね。そう、きっと小栗は上州ではなく下総の赤城山、すなわち流山の赤城神社周辺のどこかに幕府再興資金を隠した、っていうんです。

そして、それを知っていた近藤はその一部を入手すべく流山に入り、隠し場所を探していたため、官軍が迫っているにもかかわらずに陣を移すこともせず、最後は軍資金が官軍の手に渡ることを恐れて自首した、というのがnobukoの夫の推理です。

 

では、莫大な埋蔵金は一体どうなったのか。官軍が接収したという話は聞きませんから、nobukoの夫はその多くは未だ流山のどこかに隠されていると信じているようです。

あるいは、その一部は副長・土方歳三の手により持ち出されたのかもしれません。

流山を出て後、北関東、会津と転戦し仙台にて榎本武揚の艦隊に合流、五稜郭にて樹立された函館新政府の陸軍奉行となり、明治2年(1869)5月11日に35歳で戦死するまで、東京新政府に抵抗し続けた土方の軍資金として用いられたとしても不思議ではないでしょうから。

 

というわけで、どなたか流山の赤城神社辺りを発掘(?)しないかなぁ~♪


夢見たnobuko(11.1)

裏手にある歴史博物公園で、着々と進んでいるらしいNHK(「新撰組!」や「夢見る葡萄」)のドラマロケ。

どんな風に「新撰組!」の撮影が行われているのか、一度でいいから出くわした~いと思っていたら、町の広報で「今後もあると思われる町内での映画やドラマの撮影に際しての急な出演依頼に迅速に応えるため(中略)ボランティアによる(中略)エキストラ出演(中略)エキストラバンクを設けます。」との募集記事が載っているじゃあ~りませんかっ♪

「こうしちゃいらんないっ!町のホームページからも登録できるらしいヨ!」と勢い込んだワタシでしたが、ふと脳裏に蘇った幼い日の出来事。

「・・・やっぱり止めとくワ。」

「どうして?」

「菊川怜より目立ち過ぎるとネ、っていうのは置いといて、被せられるヅラがないっていわれるのヤだもん★」

あれはお友達に誘われて出たピンポンパン。

そのころから頭の大きかったワタシには被れる帽子がなくて、仕方なく頭に帽子をチョコンと載っけながらシンペイちゃんのお歌コーナーを独占(?)しちゃった、目立ち過ぎのワタシでした☆(苦笑)

 

被り物ネタでもうひとつ。

今週の「クロ高」(←連載の方)。

お笑い芸人をめざしている山口ノボルの子分(長めの髪)が、なぜかハゲヅラを被っている。

で、本人やっと気づいて外すんですけど、バイクに乗る時にはまたそのヅラをつけてしまう、っていう。

確か以前にどこぞのチャットで、ベガさんのバイク走行時のヘルメット着用の話題があった時に、金髪ヅラがヘルメットの代わりヨ♪ってことにしたらどうでしょう、って書き込ませていただいたことを思い出し・・・久々にデジャブ☆

チャット・・・久しくご縁ないな~☆(懐)


ワタシの心に蒔かれたアメリカン保守と日本リベラル、信頼できるのはどっち!?(11.1)(1.19)

我が家で毎月購入している「ガンダムエース」、戦争について考えさせられます。

エース編集長のお言葉(5月号増刊)や、7月号や今月号での富野御大のご説など、イラクのフセイン体制打倒とその後のイラク復興を巡って、アメリカのブッシュ大統領(共和党)を非難するリベラルなご意見が多いと感じるのはワタシだけ?

御大の場合、敗戦のイタミを今でもひきづっていらっしゃるご様子ですが、先の大戦で日本と戦端を開いたのも、原爆投下を実行したのも、対日占領政策の初動を取ったのも、みんなアメリカのリベラル勢力である民主党政権(ルーズベルト、トルーマン両大統領ら、いわゆるニューディーラー)であったことを思い出していただけたらなぁ・・・。

なんてことを考えていたら、なぜだか昔話を語りたくなってきました。(笑)

 

むか~しむかし、ひと昔。

皇居のお堀のそば&英国大使館の裏手にある純日本的社風(?)の出版社で、ワタシは外国に向けて日本を紹介する月刊誌の編集の仕事をしていました。

ノン・ジャパ(日本人でない方々)の編集者やアーティストが出たり入ったりする職場で、結果として結婚までの2年間働いていましたが、そんなある日、長身でスリムなアメリカ人女性が臨時パートでやってきました。

決して地味ではないけれど、「ファッションで自己主張」なんて印象は全く感じさせない彼女の仕事ぶりは、タイピングも速けりゃ頭の回転もやたら速くて、それはもうコーディネイターかと見紛うばかり。(きびきびしたラクスみたい)

こういう人がスーパーキャリアウーマンっていうんだな~☆と、勝手に思い込んでいたら、朗らかな彼女は「私はコンサバ(保守)なのよ♪」と自己紹介してくれました。

 

彼女は結婚したばかりの25歳。

ハーバード大学で知り合ったご主人の1年間の極東勤務(その時はメリルリンチの)について行くため、ニューヨークでの大手出版社勤めをやめて来日したとのこと。

向こうに戻ったら早く子供が欲しいわ~♪とあっけらかんと笑う知性に、(こんなに仕事が出来るのに、なんかもったいない~)と当時のワタシは感じたりしました。

 

ある日、残業で遅くなったワタシに「うちに来ない?」と声をかけてくれた彼女。

他の方だったら遠慮するワタシが、なぜかその時(ついて行ってみよう)と思ったから不思議です。地下鉄六本木駅を出て、アマンドの向かって左をまっすぐ進んだところに彼女が住むマンションがありました。(その当時)

居室の他に客室が4つもある外国人用の広いマンションでした。

もう時刻もだいぶ遅かったのですが、お風呂の後で結婚式のアルバムを見せてもらいました。

木のぬくもりが感じられる彼女のお家で行われた結婚式は、2階から降りている螺旋階段や白いウェディングドレス、旦那さんはアメフト選手だっただけあって大柄な方で、二人の写真はまるで映画のシーンを観ているようでした。

 

「もうすぐクリスマスだから鳥の丸焼きの作り方をママに教えてもらわなくちゃと思ってるの。国際電話でね。(笑)  なにか飲む? オレンジジュースでも? いらないの? あなたは本当にいいお客さまね。さて、明日はこまごまとした用事(errand)があるし、もう寝なくちゃ。おやすみなさい。」

 

家庭を築いていくことを当然のこととしている彼女の姿勢に、新鮮な驚きを感じたワタシでした。

 

数日後のことです。

仕事の合間のおしゃべりで、ご主人と結婚する前、彼にはどんなものをプレゼントしたのか訊ねたら、アイリッシュ模様の手編みのセーターとの答え。それって、ワタシと同じだ~♪

「ご主人はどんな方なんですか?」

「オーストリアのハプスブルグの家系なの。」

「へぇ~、まさか、実家はウィーンのシェーンブルン宮殿?(笑)」

「そう♪ その庭に先祖の墓があるの。」

こっちはワタシのとは全然違う~☆

「ご主人は将来アメリカの大統領になるつもりですか?」とまじめに聞いてみたら、もう少し金融の勉強をする為に、また大学に戻ってMBAを取って将来は独立するつもりなの、と言っていた彼女に、アメリカ社会のリーダー層の分厚さを感じずにはいられませんでした。

 

半年後、ご主人の赴任に伴って移り住んだ香港では、共産中国が起こした天安門事件に抗議するデモに参加したり、チベットへも出かけていって、現地の子供たちがとてもかわいかったと報告してくれたり。

その後今度はドイツ銀行の要請で西ドイツ(当時)に渡り、かの地でご長男誕生。

マサチューセッツに戻られた今では、4人のお子さんに囲まれ、弦楽器のカルテットを一緒に演奏したり、庭で自家栽培の野菜を育てている生き方は、上流階級にありがちなケバケバしさとは一切無縁にみえます。

家族を単位として成り立つことの意味を知っている、そんなアメリカン保守へのワタシの信頼は、彼女を通じて深まるばかりなのです。

シュワちゃんはちょっと心配だけど・・・。(笑)


高血圧ガ~ル ふふぅん♪(笑)(11.10)

昨年、8年ぶりの健診で判明した腎臓の遺伝病。

日々血圧を測るたびに出る高い数値にショックを受けながらも、まだ通院の必要はないのだしと気を取り直し、病気の進行を少しでも遅らせる方法を探し始めて早一年。

 

先日情報番組で紹介していた「にがり」健康法が高血圧にもいいということで、さっそく本屋で関連本を立ち読みチェック。すると、後ろから聞こえてきたのは白衣を脱いだ天使(とおぼしき)二人連れの話し声が。

 

「見て、にがりの本、こんなにあるヨ。」

「やせるとか病気に効くとか、って言ってるけどねえ★」

「かえって体壊すのにね~。」

 

エッ? そうなの? やっぱり、にがりは塩の親戚だもんねぇ。

でも、この”にがり本”には、ほら「ナトリウムは悪くない」というタイトルが。

そんでもって、にがりは塩分(塩化ナトリウム)だけど、ナトリウムが血圧を上げるという常識は間違い、って書いてあるわよ・・・ん? じゃあ塩素の方はどうなるんだろう。

ナニナニ? 被験者にキトサンと一緒に塩分を投与した所、血圧は上がらなかった、 それはキトサンと結びついた塩素が、対外に排出されたからで、だからナトリウムは問題ない、と。

なぁるほど、やっぱり良いんじゃん、キトサン☆ あれっ、にがりはどうなっちゃったんだっけ?

 

こうしてキトサン(イカキトサン)と出会った私。(笑)

飲み始めて1か月たちますが、確かに血圧、正常値に向けて下がってきてます♪

ありがとうっ!  二人連れの天使!(?)

 

その次に出会ったのが、しそ油。

しその種をしぼった油で、他にも亜麻の種や、魚からとれる、「オメガ3」という種類の必須脂肪酸(油)のことだそうで、現代は食生活の変化で不足しがちな為、種々のアレルギー疾患や痴呆などが発生してしまっているとのこと。

ワタシのような病の場合でも、進行を遅らせる(あるいは止まらせる?)効果があるらしいのです。

近くのスーパーで探してみたら、3件目にありました!

「しそ油」。170グラムの小瓶で980円な~り~☆

背に腹は変えられないとソク購入して、マヨネーズなど火を通さない料理に使ったり、大さじ一杯をそのまま飲んだりしております。(←ひまし油を飲まされてるピーターラビットの気分!? でもおいしいです♪)

 

そしたら先日、情報番組のタイトルにドキッ。

「やせる油」・・・嫌~な予感・・・。

案の上、大切な大切な(?)「しそ油」が、体脂肪を燃焼する油として紹介されているではあ~りませんか★

次の日スーパーの棚をみたらもう品切れでした★(苦笑)

しばらくは、通販で購入することになりそうです。 ネット万歳!


この空の下で今、誰かが泣いてる・・・(11.14)

ニュータイプとアニメージュの12月号の、福田監督のインタビュー記事拝見しました。

「キラが学べたのは、戦っても何も生まないということ。」

・・・確かに戦いで破壊されてしまうものって、たくさんあります。

でも監督、ホントは何も生まないわけではない、って思ってらっしゃるのではないでしょうか。

ただああいう風に言っておかないと、後で変な尾ひれがついたらたまったものではない、ってことだったと・・・。それともワタシの勝手な思い込みでしょうか。

SEEDの戦争は、人間の悪意や弱さを互いに噛み合せて人類を破滅させようとした、クルーゼの策謀により引き起こされたもの。この点が、自由を抑圧する全体主義社会を「生み出そう」としたジオンによる戦争を描いたファーストと大きく異なるところでした。

そして、キラたちは戦うことで破滅の危機から人類を救うことができた。言い換えればSEEDにおける戦争は、キラたちが戦わなければ人類の未来が生まれなかった、という極めてシンプルな構図になっていましたから。

 

ワタシは、戦争って命を賭けたゴミ拾いだと思うんです。

ゴミを捨てる人、っていつの時代にもいるんですよね。

そして、それを拾う人もいる。というか、そういう人がいなければならない。

ラクスやキラたちは、ゴミを拾うなんてご免だよ、拾ってもどうせまた誰かが捨てるんだろ、って空気が蔓延している場所から離脱して、ゴミを一生懸命拾ったのではないかなって。

だから、捨てる人がいる限り、拾い続けていくのだと思います。これからもずっと。

 

さて、今話題のジェシカ・リンチさんについて少し。

「英雄作りに利用された」との言辞を引き出そうと、巧みに誘導するTVインタビュアーの意図に反して(?)、自分はただの生き残りで、戦場で亡くなった同僚こそが真の英雄であることとか、イラクの医療従事者の方々が適切に対応されていたこと等、真摯に証言されていたのが印象的でした。

19歳の女の子が、一兵士として語る戦争の事実は、聴く者の心に憎しみを超える何かを生じさせたのではないかと、そんな予感がしたのはワタシだけ?

 

「何と戦わねばならないのか。」

聡明なラクスの強い想いは、あの百合の折り紙のように戦場を流れ、生き残った人々の心に届いた・・・。

「水の証」を相も変わらず聴いているワタシにとって、SEEDの余韻はこんな感じになっております。

 

ところで脚本家・吉野さんのSEEDレビューはどこぉ~?! (苦笑)


心で分かりあう(11.20)

今回の基本はですね、言葉で解決できなきゃダメだということです。これは「ファースト」の”ニュータイプ”に対するアンチテーゼなんですけれど、人と人とが心で分かりあえるなんていうのは嘘なんですよ。 何もしないで分かりあえるわけないというのがあるんです。人間は言葉の動物なんですよ。 話し合って、お互いの価値観の違いを認めることが、全ての争いの停止につながると思うんです。言葉でわかりあえないと、後はどちらかが滅ぶまで殺しあうしかない。 どんな問題でも言葉で解決するしかないというのが、「SEED」で一番出した部分ですね。ですから、キラとアスランが和解したように、全て話し合いで解決していく物語になっているんですよ。

(TVBros.の福田監督のインタビューより抜粋)

 

 

NHKスペシャル「文明の道第7集/エルサレム/和平・若き皇帝の決断」を観たワタシは、なんともいえない感銘を受けました。

番組では、神聖ローマ皇帝として十字軍を指揮する立場にあったフリードリッヒ2世という王が、イスラムの君主と話し合いの末、10年に及ぶエルサレム共同統治を成し遂げたという史実を紹介していました。

 

11世紀、北方のノルマン人がイスラムの支配圏だったシチリアの島(現イタリア)に築いたキリスト教の国、シチリア王国。フリードリッヒ2世は、初代王の孫でした。

ギリシャやイスラムの人々が交流する島で、父母の死後、わずか3歳にして王となったフリードリッヒは、王宮を抜け出しては市場で様々な言語をおぼえた好奇心旺盛な子供だったそうです。

20歳の時、突如神聖ローマ皇帝に選ばれたフリードリッヒは、ローマ教皇から十字軍の指揮を命ぜられます。

一方、アイユーブ朝の君主アルカーミルは、度重なる十字軍の脅威から神聖なるエルサレムの地を守ったイスラムの英雄でした。

アルカーミルは、新たな情勢を探らせようと使節をシチリアに送りますが、使節たちが案内されたシチリアの王宮の礼拝堂にはイスラムの文様が至る所にありました。フリードリッヒと面会した使節は、皇帝のアラビア風の装いにも驚き、それらを君主に報告しました。それから二人の統治者の間で文通が始まったそうです。

二人が語り合ったのは、幾何学や自然科学の話題。政治的な話題をあえて避けたのでしょう。

フリードリッヒが「息子の次に大事なもの」と語った天体観測儀は、アルカーミルから贈られたものでした。

 

しかしフリードリッヒ皇帝は、かつて教皇に宣誓した聖地の奪還を実行に移さねばなりませんでした。

いら立つ教皇の命令に、やむなく軍を率いてエルサレムへ向け出発しましたが、まもなく病におかされ戻ってきます。

激怒したローマ教皇は、フリードリッヒを破門。

窮した皇帝は翌年、わずかな手勢を率いてイスラムの君主である友に、エルサレムの譲渡を願いに行きました。

エルサレム近郊のヤッファでの5か月にわたる交渉の末、君主はイスラムの聖地を、皇帝はキリストの聖地を共に統治することで合意。

その激しい交渉の経緯が、バチカンの機密文書から今回明らかになったそうです。

 

第1条「イスラム王朝の君主は皇帝がエルサレムを統治することを認める」

第2条「皇帝は神殿の丘を侵してはならない。神殿の丘はイスラムの法に基づきイスラム教徒が管理する。」

第4条「神殿の丘の威厳と尊厳を尊重するならば、キリスト教徒も神殿の丘へ立ち入ることが出来る」

第6条「皇帝は、イスラム王朝の君主に敵対する勢力に食料や軍隊を提供しない」

第8条「キリスト教徒がこの平和条約に反する行動をとる場合、皇帝はイスラム王朝の君主を守る」

これら条項が盛りこまれた平和条約は、1229年2月18日に締結され、その報告書がローマ教皇の元へ届けられたのでした。

 

こうして和平がなり、フリードリッヒが神聖ローマ皇帝としては史上初めてイスラムの聖地に足を踏み入れた際には、イスラムの人々はちょうど祈りの時間であったのに皇帝への配慮から祈りを取り止めようとしました。それに対して皇帝は、私はイスラムの人々の祈りの声を聴きたいと思っていた、と告げたのだとか。

 

しかし、フリードリッヒがシチリアに戻ると、そこにはローマ教皇が差し向けた十字軍が待ち受けていました。「イスラム教徒と戦わずに和平を締結するとは悪魔と手を結ぶことだ」として。

フリードリッヒの教皇との戦いは、その後死ぬまでずっと続いたそうです。

一方、アルカーミルの死後、イスラムの側でも新たな勢力がエルサレムを占拠。

条約締結から10年のことでした。

 

この文書は、ローマ教皇庁のバチカン機密文書館で最近になって発掘されたそうですが、資料が表に出たのはポーランド出身の現法王ヨハネ・パウロ2世の姿勢あってのものではないでしょうか。

いかにそれまでのカトリック教会が、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世の存在を否定していたかが、伺い知れるというものです。

 

いずれにせよ、イスラム教とキリスト教の間の溝は、今から800年の昔に、確かに越えられていたのでした。

ありのままに互いの世界を観ることのできた、二人のリーダーの間で・・・。

「友よ、寛大なるものよ、誠実なる者よ、知恵に富める者よ、勝利者よ」これは、アルカーミルに向けたとみられるフリードリッヒの言葉だとか。

フリードリッヒとアルカーミルの交流は死ぬまで続いたそうです。フリードリッヒは、キリスト教の世界で理解されない悲しみを、アルカーミルは、イスラム教の世界で理解されない悲しみを、共に慰め合って。

 

かつて、十字軍により聖地からイスラムを駆逐しようとしたキリスト教原理主義と、それを迎え撃っていたイスラム。

まるで現代の国際情勢の裏焼きのような図式のなかで見せた、フリードリッヒとアルカーミルの和平への営みは、中東において原理主義ではない「普通のイスラム」の復興を成し遂げようとしている人々の姿に通ずるものがあるように思われます。

 

そしてまた、ワタシにはローマ教皇と戦い続けたフリードリッヒ王の姿が、なぜかフリーダムに乗るキラのイメージと重なって見えました。

「フリードリッヒ」もフリーダムの「フリー」も、共に同じ語源(pri-: To love  愛すること)から派生した言葉だからでしょうか。


ラスト トレジャー(12.6)

前に「ひとりごと」で書いた新選組の埋蔵金話。

実はあの後すぐ、そのままの内容で千葉県流山市の新選組流山隊にもメールしたんです。(笑)

そしたらなんと、昨日その返事が届きました。差出し人は、新選組流山隊 一番隊隊長!!

なんで今頃? と思いながら読んでみると・・・、

 

 

「以前、いただいたメールについて、その後、調査をしております。

埋蔵金については、興味のあるお話ですね。

関連するか判りませんが、あの近くに宝が埋まっているという噂があります。

新しい発見もいくつかありましたので、今後、オープンに出来ると思いますが、

引き続き、調査すると共に、専門の研究家にも相談してみようと思います。

 

よろしければ、メーリングリストでの情報交換もできますので、

一番隊隊士に仮登録されてはいかがでしょうか?

市民でなくてもOKです。」

 

 

えぇ~っ! 調査してたのぉぉぉ!?

「あの近くに宝」ぁぁぁ!?

 

いやぁ、まさかこんな展開になるとは。このまま行ったら、ホントに探検隊が動き出しそう。

改めて覗いた流山隊のHPによると、これまで2か月近くとされていた新選組の流山駐屯は、最近の研究では2日間だったとのこと。

そうなると埋蔵金は新選組にも持ち出す余裕はなかったでしょうから、まだあの辺に埋まってるのかもしれませんね。

 

それにしても、誘って頂いた一番隊隊士、「仮登録」っていうゆるさがまたなんとも・・・。

ウチが探検隊、もとい流山隊に登録したら、いつのまにか「隊長のヅラを探したディアッカ」みたいなことになったりして・・・。(笑)